1+1=2に潜むエネルギー政策の問題

お金って、たとえば1円玉と10円玉を一枚ずつ出せば、11円として受け取ってもらえますよね。硬貨も紙幣も、基本的には1円は1円として無差別に扱うのが一般的なルールです。

同じようなルールが、エネルギー政策や気候変動政策にも、適用されているような気がしなくもないです。1kWhと1kWhを足せば2kWhだし、1トンのCO2と1トンのCO2を合わせれば2トンのCO2。もちろん電気は貯蔵が難しいので、その時その時の需要に合わせて発電しないといけませんが、ある時点で需要と供給が一致するように、需要の足し算と供給の足し算の帳尻が合えばそれでよいのでしょう。

じゃぁ、人口問題はどうでしょう?1人と1人を足せば2人です。ってことは人間も、電力やCO2と同じく、カウントして、帳尻合わせできるものでしょうか?

人間って一人一人、かなり違った存在ですよね。1人足らなければ、1人増やせばいいとは限りません。引っ越し屋さんで1人不足だからといって、90歳の爺さんを1人連れてきても、問題は解決しないでしょう。

何を言いたいかというと、人間の場合、ひとりひとりに特徴があるので、「数」を揃えるだけではあまり意味がないかもしれないということです。

じゃぁ電力やCO2はどうかといえば…たとえば、自宅のコンセントで1kWh使ったとき、その1kWhがどこでつくられて、どうやって運ばれてきた電力なのか、大多数の人は意識しないでしょう。きちんと電子レンジを動かしたり、エアコンを動かしさえしてくれれば、1kWhはどんな1kWhであったとしても、実用的には、気にならないわけです。CO2もまたしかり。温室効果を減らしたければ、誰のどんな活動でもいいから、CO2の排出を減らせばいいわけです。

しかしそれって本当かなぁ?と思うところもあります。1kWhが、どこの原子力発電所でつくられたものか、どこの風力発電所でつくられたものか、末端の消費者は知る由もありません(最近はある程度選択できますが)。それでいいのかな、と気になるわけです。いまの社会のシステム、あるいはエネルギー政策も、「気にしない」ことを暗黙の前提として、形作られています。強いていえば、その1kWhを作る費用を最小化することが「正義」のように押し付けられています。

お金だって実は、同じ問題を孕んでいます。どんな1円でも1円であることが、お金の美しさでもあります。しかし最近では、マネーロンダリングの禁止のように、お金の出どころについて気にするようになってきました。目の前に1万円札があるからといって飛びついてはダメで、その出どころを気にしないといけない時代になってきています。

ということで、エネルギー政策でも、気候変動政策でも、あるいはもっと全般的な政策でも、1kWhとか、1t-CO2eqとか、さらには1円とかも、それぞれの「1」に付随する意味を、もう少し考えないといけないのだろうな…そしてそれぞれの「1」に付随する意味を記録する制度がこれから必要になってくるんだろうな…なんて思っています。まぁそれこそブロックチェインってやつなんでしょうが。

2021/09/14 1:58 PM -

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交渉における心理的戦略の限界

自分の交渉分析の講義では、交渉の3つの側面(実質的、手続き的、心理的)のうち、心理的側面については、ほとんど扱いません。自分自身が心理学に疎いというのもありますが、それ以上に、交渉の心理的戦略は、あまり役に立たないというのが私の持論です。むしろどうしたら実質的な利得をお互いに最大化できるのかどうかを考察できるようになるための講義をしています。

先日から炎上中の某氏、謝罪したそうですが、そもそも謝罪の心理的な技法を以前に話していたものだから、今回の謝罪も全く信用されないようですね。心からの「謝罪」ではなく、演技としての謝罪としてしか受け止めてもらえないのでしょう。かわいそうといえばかわいそうですし、自業自得といえば自業自得。

この事例が特徴的なように、交渉でも、心理的な戦略は、相手に見透かされてしまうと、効果がないどころか、むしろ逆効果です。信頼関係の構築を毀損します。

もちろん、人質解放交渉や外交の現場の非常にミクロな場面では、わたしの理解を超えるような心理的戦略が使われて、効果を発揮しているとは想像します。しかし、そこらへんの超高度な技術を一般人が理解しても、使う場面もないし、技術的にも練習の機会がないので実践できないでしょう。

よって小手先の心理的な技巧を業務の交渉で使うのは基本、やめておいたほうがよいです。露骨に繰り返し使っていると、信用を失って取引先がなくなり、自分で自分のBATNAを棄損することになります。

もちろん、コロナが終息して海外旅行に行くようなことがあれば、旅先の露店でのおみやげ品の値切りなんかで、心理的な技巧を使ってみるのはいいかもしれません。要は、縁が切れてもいいような相手なら、遊びで使ってみてもいいかもしれませんね。もちろん百戦錬磨の露店商の人たちのほうが技術力が高くて、うまいことぼったくられるだけかもしれませんが…

2021/08/16 8:32 AM -

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