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Lecture #5: BATNA
- Best Alternative to a Negotiated Agreement -

久々のレクチャーですね。今日は実際に交渉をする人にとっては最も重要なお話しですから、ちゃんと聞いていってください。
試験に出ますよ (~o^:)

2003.11 update!: ずいぶん昔の「講義」でしたので、少し修正してみました)


今日お話するのはBATNA (バトナ)の話です。

BATNAとは英語で、Best Altenative To a Negotiated Agreementの略で、これを簡単な日本語に訳すと、

「交渉が決裂した時の対処策として最も良い案」

という意味です。ある本では、「不調時対策案」と訳しています。

交渉学では、「交渉を始める前にBATNAを見つける」ことを最も重要視しています。


これだけじゃ、まだ漠然としていますね。では、BATNAって実際どんなものなんでしょ。具体的な例で考えてみましょう。

(1) 友達から、あるパソコンを買う交渉をするとき

このときのBATNAは、

a.同様のパソコンをパソコンショップで買う

b.同様のパソコンをインターネットで買う

c.同様のパソコンを他の友達から買う

などのうち、一つになるでしょう。端的に言えば、他の人から同じものを買うということです。ただ、これだけじゃまだBATNAとしては不十分で、例えば、a.の場合はどの店でいくらで売られているかを調べた上で、「同様のパソコンをY電器店で10万円で買う」といった具体性を持たせる必要があります。

まだ他にもBATNAはあるかもしれませんね。

(2)ある質屋に時計を質入れするとき(取り戻すつもりはない場合)

a.他の質屋で質入れする

b.友達か知り合いに売ってしまう

c.フリーマーケットで売る

なんていうのがBATNAの候補でしょう。ただ、上の場合と同じく、a.であれば、他の質屋がどれくらいで買ってくれるかおおよその見当をつけておく必要もあります。

この2つの例で大体わかってもらえたと思いますが、「正しい」BATNAを見つけるには相当、情報収集しないといけません。よって、まずは思いつく範囲で暫定的なBATNAを見つけておいて、よりよい条件のBATNAを次第に見つけていく、というのが一般的な交渉における戦略です。


じゃ、BATNAを知っていると何かいいことはあるんでしょうか。その効果をまとめるとこんな感じになります。

(1)心の余裕ができる

交渉が決裂してもBATNAを実行すればいいんだと思っていれば、無理に話をまとめようとか、決裂したらどうしようとかいう心配がなくなりますよね。相手とのつきあいでなかなか交渉を決裂しづらい、という意見もまっとうだと思いますが、「コミットメント」と言って人間は何かをしだすとそれに執着する傾向があります(社会心理学的にも経済学的にも証明されています)ので、本当に「相手との人間関係」上交渉を続けなきゃいけないのか、単なる自分の執着心か、見極めが十分必要でしょう。

(2)自分に不利な交渉結果には絶対にならない

いくら交渉しても、BATNAより悪い条件しか得られないのであれば、それは誰がどう交渉しても無駄だったってことで決裂さればいいのです。交渉決裂っていうのはちょっと不快でしょうが、BATNAよりも悪い交渉結果を受け入れるということは、将来「他の手段(BATNA)をとっておけばもっと得したのに・・・」と後悔することになります。それは非合理的な行動なのです(人間関係をどう勘案するかによりますが)。

(3)交渉力になる

交渉力とはBATNAのことである、とまで言っている人もいます。あなたにとっていかに都合のいいBATNA [上の例(1)だととても安いPCショップを知ってるとか]を知っているかが交渉の鍵です。


ただ、交渉相手に自分のBATNAのことを話しちゃいけませんよ。

例えば、あるパソコンをある人から買う時に、「Y電器店でこのパソコン、10万円で売ってて、たぶんあそこ以上安くは買えないでしょうね」なんて自分のBATNAを暴露してしまったとします。

すると交渉相手はたぶん、「じゃ少し値引いて9万8千円で売ってあげるよ」なんて言ってくるでしょう。でも、実際その人は5万円で売るつもりだったかもしれません。あなたは「もっと安くしてくれ!」とお願いしても、もう手後れで「じゃY電器店に行ったら?」なんて言われるでしょう。

もしその後、他の店でそのパソコンが8万円で売っていたら、その交渉相手と再交渉すれば7万8千円くらいまで落とせるかもしれません。しかし、5万円まで引き下げるのは最早至難の業でしょう。

逆に、相手のBATNAを知ってしまえば、相手のBATNAの直前までは、こちらにとっていい条件を要求できるわけです。例えば、上記のパソコンの中古下取り価格が4万円だという情報を得ていれば、「4万5千円で買ってあげる」というきわどいオファーを出せるわけです。相手としては下取りに出すより安いのだから得だし、あなたにとっても他の店で買うよりは安く買えるのです。この「両方とも得をする」ことがwin/win、mutual gainsという考えの基本になっています。


ここまで聞いて下さった人の中には、何か思い出されたことがあるでしょう。

そう、秋葉原での値切りのテクニックこそが、BATNAの極意なんです。

(注:秋葉原での値切り
秋葉原で何か買う時は、まず第1ラウンドは、いろんな店を見てまわって品番と価格をチェック。次に第2ラウンドで、「あそこの店はXX円だったんだけど、お宅ももうちょっと安くできないのぉ?」と値切って回るのです。ちなみに、第2ラウンドは表示価格が高いところから回って行けば、最後の店に辿り着くころにはかなり安くなってるはずです。第3ラウンドまで回ると店員に嫌われるので要注意。)


ではまた。

ちなみに参考文献としてFisher&Uryの『ハーバード流交渉術』(三笠書房の「知的生き方文庫」)を挙げときます。